GN125Hソロツーリング 2007東北⑧ 戸来 キリストの墓
以下の文章は過去別の場所で公開していていたものです。
これらレンタルサーバーの契約解除でネット上から一度消えてしまったのですが、ソースが残っているものについてここで再公開/保存をしようとのアップロードです。個人的記録という側面も大きいのですが、よろしかったらご覧ください。
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オカルト記事などで有名な話だが、青森にはキリストの墓がある。
キリストは磔に処された後復活して天に昇っているので、キリスト教の教義上ではキリストの遺骸はない。「キリストの墓がある」という考えは異端なのだ。
しかし、キリストがゴルゴダの丘では死ななかったという話もそれほど珍しくはない。イスラム教のクルアーンでは磔にされたイーサー(イエス)は身代りだったとされていて、中世のヨーロッパにも伝えられている。また最近では弟ヤコブが身代わりをしたという説を唱えている。大ヒットした映画ダビンチコードでは子孫すら残している。もっとも磔の前か後かは知らないが。
キリストの墓と呼ばれる場所にはインドのカシミールや南フランスなどを聞いたことがある。しかしここ戸来村(現新郷村)のキリストの墓伝説には恐ろしく説得力がない。なにしろこの地にはそんな伝説は全くなかったのだ。
それではなぜ戸来にキリストの墓があるのかというと、明治のある日、茨城からある人物が「ここにはキリストの墓があるはずだ」とやってきて「発見」してしまったのだ。この地にある資料館ですら「伝説というよりは湧説」と言わざるを得ないほど、降って湧いたような話だったらしい。根拠となった竹内文書はその信憑性のなさにかなりの定評がある。
それはともかく、こんな魅力的なポイントを見逃す訳にはいかない。私はGN125を旧戸来村に走らせた。戸来に入ると消防署に「キリストの里」の旗が躍る。私の胸も踊る。

戸来にはキリストの墓とピラミッド以外これといった観光地はない。道路標識もわかりやすい。

駐車場にバイクをとめ、わくわくしながら坂道を登る。
キリストの墓は坂を登った公園のような所にあった。


ごめん、おれ、これ信用できない。
この一体は公園としてきれいに整備されている。風が気持ちいい。
奥には伝承館という資料館があった。ここには戸来のキリスト伝説湧説に関する資料がある。多分この話題については日本一か日本唯一かの資料館だろう。小さいけれど。

入り口近くには、戸来の風習である額に十字を描いた赤ん坊の人形がある。怖い。

館内の展示を読む。
キリストがどのように日本に渡ってきたか、そして戸来でどのように暮らしてどのように亡くなったか、そのためどんな風習が戸来に残ったかがていねいに説明されている。キリストの遺書の複製などというものもありなんと言っていいのか分からない。


jなんというか、大変興味深い体験をさせていただいた。
幼い頃から少年マガジンのオカルト特集などで読んだキリストの墓を、実際に見ることができたのだから全く悔いがない。私はとっととバイクを南に走らせた。
GN125Hソロツーリング 2007東北⑧ 八戸のアウトバスホテルとせんべい汁とフジツボと八戸ラーメン
閉門まで恐山にいてしまった私は、今夜の宿泊地である八戸までひた走る。国道338号線は渋滞もなく快走出来るのだが、海岸線や湖が近いせいか虫がやたら多い。ヘルメットのゴーグルにコンコンと飛び込んでくる。翌朝ヘッドライドを見たら大量の虫が張り付いていた。夜のツーリングは虫との戦いなのだなぁ。

恐山から約2時間でホテルサンルート八戸に到着。楽天トラベルの当日予約、アウトバスで3150円。安いのでよしとする。部屋もまぁまぁだ。

アウトバスは良いのだが、残念ながら大浴場ではなくユニットバスのアウトバスだ。廊下には使用状況のサインが出ている。でも「洗浄中」にはなんだか違和感を覚える。掃除中、じゃだめなんだろうか?

このホテルは八戸の市街地真ん中にあった。
別に市街地に泊まる必要は全くなかったのだが、せっかくなので地元の料理を食べに出る。フロントで教わった「蔵」という郷土料理の店だ。なかなか雰囲気が良く、値段もそれほど高くない。なにより給仕の女性が感じが良くていい。

八戸名物せんべい汁。
給仕さん曰く、おばあさんの時代にはなかった料理らしい。普通のせんべいではなく専用のせんべいを使うらしく、また今はスーパーならどこでも売っているらしい。生麩に似た食感だ。スープ次第の料理になるが、この店のものはなかなかおいしい。800円。

そして青森名物フジツボ。
これは一度食べてみたいと思っていた。


海の香りが良いが、2口で終わってしまった。(´Д⊂ 1000円。
例によって炭水化物は別の店で摂取する。
八戸ラーメン、550円。ただの鶏ガラベース平打ち麺だがなかなかおいしい。シャモロックだかという鶏のスープがおいしいのだろうか。


しかしご当地ラーメンってどこにでもあるのだな。
GN125Hソロツーリング 2007東北⑦ 恐山大祭 イタコの裏事情
私のイタコに対する知識は貧弱だった。
青森の方で死者の霊を憑依させる口寄せなるものをしてくれる、視力に障害のある女性がなる、ついでにちょっと未来について占い的な警告をしてくれる、そしてイタコには恐山の大祭でしか会えない、とこんな感じだった。いかにも「昔テレビで見た」的知識だ。
しかし今回少し調べてみるといろいろな事がわかった。
まずイタコには男性もいて、更には晴眼者もいる。昔は視力に障害のある女性が糧を得るために、素質に関わらず入門するという側面もあったらしいが、戦後日本が豊かになってからイタコを志す女性は少なくなり、現在では10数名しかいないらしい。
また、口寄せが主な仕事だと思っていたがそうでもないらしい。
むしろ東北で信仰される「オシラサマ」のご神体である2体の人形を遊ばせる神事の方が主だった頃もあるらしい。(これを「オシラアソバセ」という。)その他、日常的に霊的な相談に乗るなど、昔は口寄せだけが主な仕事ではなかったようだ。
更には、恐山菩提寺はイタコをさほど歓迎してないらしい。
ここにイタコが集まるようになったのは昭和30年代からと最近のことで、ついでに言えば恐山が東北の霊場として有名になったのは70年程前のラジオ番組のせいだそうだ。それほど歴史がある訳ではないのだ。更にはイタコには組合があり、お互いの縄張りは絶対に侵犯しない。恐山のイタコマチは合同の組合で仕切るらしい。

私が境内の温泉に入っているとき、中の男性が声をかけてきた。
「どこから来たんだ?」
会話が始まり、地元の方らしいと分かったのでイタコの口寄せについて尋ねてみた。本当に当たるのか、お礼はどれくらいなのか、どのイタコがいいのかなどだ。
後から分かったのだが、この男性はイタコさんのご主人だった。まだそのことに気がついていない私に彼は言った。
「長い列が人気たって、あれはバスガイドが若い女が当たるとかいうからみんな並んでるだけだ。お礼は3000円も出せばいいんじゃないの?」

イタコはお寺の正門をくぐったすぐ左にテントを並べている。
迷うことはないと思うのだが、看板も出ている。まるで焼きイカか何かの看板のように見えるところに、お寺でのイタコの地位が見え隠れする。

人気の差は激しく、誰もいないところから長い行列が出来ているものまで様々だ。


そしてこの長い行列こそが、若い女性こと日向けい子さんのテントだ。高齢化が進むイタコの世界に飛び込んだ晴眼の若い女性で、30代とのことだが20代にも見える。青森には二人の若いイタコがいるらしいが、その中のお一人だ。私も列の最後に並んでみる。

うんざりするほど列は進まない。
私の後ろにいた女性は、待ちきれず別のイタコにも口寄せをしてもらっていた。しかし満足そうな表情ではない。話を聞くと、もう亡くなってしまった親を大事にしろと言われたのだそうだ。
私も荷物を見てもらい、ちょっと口寄せを見学する。
イタコはまず口寄せを希望する仏様の名前と命日、あといくつかの質問をする。その後歌を歌って話し始めるのだが、正直どうも霊が降りたという感じはない。聞いたことをそのまま並べて「可哀想なことをした」などといい、ついでに秋には交通事故に気をつけろなど、当たるかどうかわからないことを言う。見てもらった人も「こんなもんか」という表情でお礼を支払っていた。

(写真は記事の内容とは無関係な方です)
夕方になり客が少なくなると、一部のテントは撤収を始める。

撤収に当たって「こんなとこに並んでいたら朝になるべ」と客引きをする他のイタコの家族もいて、実際他所でも見てもらう人がいる。名刺をもらってきた人もいた。


撤収してる男性が聞こえよがしに言う。
「バスガイドが若い女が良いって言うんだってよ」
そうなのかもしれない。しかしそのバスガイドは無茶を言う。日向さんに見てもらうには、バスツアーでは無理だ。私はもう3時間以上並んでいるが、一向に順番が来る気配がしない。それに日向さんのテントから出てくる人は、みんな満足げな表情をしているし泣いている人も多い。声が小さいため何を話しているのか聞こえないが、私が依頼者だったら周りに聞こえるような大声で話されるのは嫌だ。
撤収が終わって着替え終えた別のイタコさんが、テントの裏にくっついて中の様子を聞こうとしている。やはり興味があるのだろうか。ちなみにイタコさんは大祭期間中、すぐ奥のプレハブで生活している。トイレが遠かったので、組合でトイレも建てたらしい。撤収時の雑談を聞いていると、いろんなことが分かる。

恐山の閉門は6時、通用門が閉まるのは7時だ。
列に4・5人残して日向さんは「ごめんなさい。もう見られません」と言った。残念ながら私のイタコ口寄せ体験はお流れになった。
その代わりと言っては何だが、私は日向さんに名刺をいただいた。
「ここに連絡すれば見ていただけるのですか?」と訊ねたが、この住所にいることはほとんどないため連絡はとれないだろう、とのこと。
名刺も他の方の物と違って、ずいぶんシンプルだった。

* 日向けい子さんのご住所、連絡先はお伝えできません。秋山真志氏の「続・職業外伝」に日向けい子さんについての記述があります。また、2021年8月、この本の筆者の方が日向さんに連絡を取ろうとして叶わなかった、というtwitがありました。